松茸づくし、最高!
今後は毎年行くぞ~~~と、全員満足。
夕方帰宅しました。
K氏がお土産用があるかと訊ねたら
「大きいのが1本だけあるよ、1万5千円だけど」
こんなに大きな松茸は初めて見た!!
「おふくろ孝行の為だ。高いけど買うよ!」ご満悦のK氏
みんなの写真は友人のデジカメに。
送られてきたらUPするね~~~
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今日は仲間6人と「松茸づくし」へ~♪
昨日のメール、流石は我が仲間じゃ!
亞:明日の松茸づくしは決行
ドンと来い
笑ちゃん:大々了解。
嵐がなんじゃ、クイケでぶっとばす。
フン
佐代ちゃん:わかりました。
根性無しの
邪魔してごらん
怖いよー
では明日、楽しみに
有り難うございました VS
★10月30日の一日一言~『易経一日一言』(致知出版社)より
☆兆しを察する☆
易経は「時」を説き、「兆し」について言及している書物である。
「春の萌し」といえば、
ふきのとうが顔を出したというような現象をいうが、
ここでいう「兆し」は、まだ現象化されていない目に見えない潜象、
つまり物事に潜み隠れているわずかな変化の起こりをいう。
冬至は一年で一番日が短く、この日を境に日は伸びていく。
冬至は春が兆す日である。
しかし、冬本番の時機は、冬至を過ぎた後にやってくる。
兆しを察知するとは、
いわば物事にとっての冬至を知ることといっていいが、
これを現象から読み取ることは、ほとんど不可能に近い。
では兆しはどうやって察するのか。
それは修養を究め、直観、直知するのである。
易経は、春夏秋冬の巡りを基として、
時の変化の原理原則、栄枯盛衰の法則を説いている。
これを実践して学ぶことで、
物事の全体の成り行きである大局を見通す力がつく。
やがて時の本質を見抜く洞察力が養われ、
さらにわずかな兆しで先行きを察する直観力に発展するのである。