30日、今日から東京へ、今夕は編集者と打ち合わせ。
終了後はLA会へ、柳橋の旧市丸邸で落語会。
2月1日ーアスカ東京セミナー第10期入門編1回め、終了後は名古屋へ。
~帝王学の書~1月30日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆順天応人☆
天地革まって四時成り、湯武命を革めて、天に順い人に応ず。
革の時大いなるかな。(沢火革)
天地の気が変革して四季がなる。
夏王朝を滅ぼして殷王朝を開いた湯王、殷王朝を滅ぼして
周王朝を開いた武王の革命も天意に違わない道であり、
民衆の苦しみに応えたものであった。
革命には大義名分が必要である。
それが、「順天応人」。
私欲や私怨ではなく、天に従い、
民の願いに応えるような革命・改革は偉大なものである。
~帝王学の書~1月31日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆易の三義☆
「易」は一字で変易・不易・易簡の三つの意味を持つ。
これを「易の三義」という。
「変易」――森羅万象、すべて一時たりとも変化しないものはない。
「不易」――変化には必ず一定の不変の法則性がある。
「易簡」――その変化の法則性を我々人間が理解さえすれば、
天下の事象も知りやすく、分かりやすく、
人生に応用するのが簡単である。
宇宙は刻々と変化してやまない。
時は巡りめぐって一時たりとも止まず、すべての物事は変化し続ける。
ゆえに「変易」である。
また、森羅万象は刻々と変化するが、そこには必ず一定不変の法則がある。
一日は朝・昼・晩、一年は春・夏・秋・冬と順序を違えずに巡る。
ゆえに「不易」である。
「易簡」は「簡易」ともいわれる。
易しくてシンプルで簡単という意味である。
すべてのものは変わる、そしてその変わり方には
一定不変の法則があって、その法則は変わらない。
その法則を素直に見て、素直にわかろうとしたら、
とても易しく、私たちの人生にも容易に応用できるのである。
~帝王学の書~2月1日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆幾(き)を研(みが)く☆
それ易は聖人の深きを極めて幾(き)を研(みが)くゆえんなり。
ただ深きなり、故によく天下の志に通ず。
ただ幾なり、故によく天下の務(つとめ)を成す。
ただ神なり、故に疾(と)からずして速やかに、行かずして至る。
(?辞上伝)
易経は、聖人が物事を明らかにするために、
時の変化を微細な粉末にすり砕くほどに深く研究して極め、
「幾」兆しを察する能力を養うための書物である。
物事の深きを極め、洞察力を養うことで、
人々が向かうところ、社会が望んでいることは何かを知る。
そして自らが志すべきは何かを知り得るのである。
「幾」を知ることは、物事の機微、兆しを見ただけで、
声なき声を聞き、見えないものを読み取ることである。
それゆえ社会に役立つ務めをなすことができるのである。
さらに、易経の神妙なる働きを学び深めることで、
物事の前兆をいちはやく察し、
些細な問題が発展して大事故や組織の崩壊などを招く前に、
焦らず速やかに、行動を促されずとも
対処する能力を体得するのである。
こういうわけで、易経には、
古来、リーダーが身につけるべき能力が記されている。