【昔、我が家に仙人がいた
~少女時代の思い出「仙人」シリーズ】
好評だったのでもう少し詳しい内容で書いていきます。
少女時代の思い出「仙人」
~1.姿を消して改札口を通った…
最初にお断わりしておくが、私は決して
「エディプス・コンプレックス」ではない。
こう書いておかないと必ずと言っていいほど、
ほとんどの人は勘違いをするからだ。
父親のことを話す。
私は父親を少し変人であるとは思っていたが、
「普通の人」ではないなどと思ったことはなかった。
どこにでもいる父親だと思っていた。
その父親の知り合いもまた、私にとっては「普通の人」だった。
その普通の人の1人に「仙人」と呼ばれた人物がいる。
中学2年生の春、学校から家へ帰ると
その仙人はいた。
「食客(しょっかく)」、今でいう居候のことだが、
ふらっとやって来て5~6年滞在していた。
仙人が我が家を訪れたのは
「熊本の山奥で数理学を研究していたとき
夢の中にこの家がでてきたから」
という理由だった。
こんな胡散臭い話で居候させた父も父だ。
勿論、母は信用せず反対したのだが、
途中からは諦めてしまった。
仙人はある時、私にこう言った。
「自分は姿を消すことができる」
ウッソーと少女の私は素直に疑いの奇声を発した。
彼、仙人は私を連れて駅まで出かけた。
「見ておいで」というと、
切符も持たないで改札口をスタスタ…。
駅員は何も言わない、周囲のだれも
この「タダ乗り」行為をとがめない。
再び仙人は出札口から出てきた。
今度もまた、駅員は彼に何も言わない。
もしかしたら、
駅員には仙人の姿が見えないのか…。
(続く)
2.私も体験した“姿を消す術”~少女時代の思い出「仙人」シリーズ
駅員の体、目の動きが止まった…
我が家の食客となっていた「仙人」は、
「姿を消すことができる」と豪語していた。
父親も、その言葉に異議を唱えはしなかったし、
私もまた、アプリオリに仙人の言葉を信じていた。
私は素直な性格だったから、仙人にぶしつけに質問した。
「ねえ、どうすれば姿を消すことができるの」
仙人は少女の素朴な質問に戸惑うことなく、
おうむ返しに即答した。
「じゃあ、一緒においで」
これほど簡潔な回答はない。
理論的に説明するのでなく、
現実に私に見せてくれるというのだ。
当時、我が家は名古屋市の東区で
事業を営んでいた。
季節は春。春といえば桜。
花見の時季であった。
父、母、姉、それから従業員を含めた10人の団体が、
最寄り駅のJR(当時は国鉄であったが)
千種駅から、中央線で鶴舞に向かった。
桜で有名な鶴舞公園を目指したのだ。
千種駅の改札口では駅員が
慣れた手さばきで、切符にハサミを入れていた。
カチャカチャとリズミカルな音と動作が心地良かった。
仙人を先頭に私たちの家族を中心とした10人が、
列をなしてその駅員の前を通過したとき、
駅員の動きが止まった。
これまで乗客が切符を差し出す手元に向けられていた
目の動きも停止した。
わたしは心配になって、
駅員の目の前で手のひらをひらひらさせた。
しかし、駅員の視線は定まることなく浮遊していた。
どうしたんだろう…???
わたしたちが通り過ぎると、
駅員は何事もなかったかのように、
再びリズミカルな動きを始めた。
鶴舞駅の出札口でも同じことが起こった。
「どうして、こんなことができるの」と、
わたしは仙人に尋ねた。
(続く)