凶となった状況を転じるには? 前編~吉と凶の分かれ目~手にとるようにわかる面白い易経

作成日:2009年2月1日

一般の方も参加可能な「易経」講演。
★2月7日(土)午後2~4時
 岐阜東洋文化振興会主催で
 一般の方も参加可能な「易経」講演をします。
 タイトルは
 『中国古典「易経」を経営に活かす
         ~虎の尾を履(ふ)む』
 会場 : JR岐阜駅
      ハートフルスクエアーG2階
      生涯学習センター大研修室
 会費:  ¥1,000(?) 
※ほとんどの私の講演は、企業や官庁関係の主催のため
 一般の方はお聴きいただけません。
 今回は、一般の方もご参加いただけます。

 問い合わせ先: 岐阜東洋文化振興会事務局
         山田 克己
         house60d@ybb.ne.jp
         058-231-7346
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【亞】の玉手箱時代の復刻版です。
凶となった状況を転じるには? 【前編】
★ 吉と凶の分かれ目 ★ 
 ~吉・凶・悔・吝・咎なし~易経より
☆ 易経が教える兆し ☆
【一度、凶となった状況を転じるには、どうしたらいいのでしょうか】
易経には、吉・凶・悔(かい)・吝(りん)という、
良し悪しを判断する言葉があります。
正直いってこの説明はわかり辛いので、
表現方法に悩みました。
でも熟慮の結果、そのままの方が良いと思い
ストレートにお伝えします。
 「吉」は良し。「凶」は悪い。
 「悔」は吉→福(幸い)の兆し、
 「吝」は凶→禍(災い)の兆しです。
「悔」は失敗に気づいて、後悔して改め、
「吝」は失敗に気づいても、改めることをケチります。
 
悔と吝を比べると「悔」は凶よりも吉に近く、
「吝」は吉よりも凶に近い。
 
★ 吉凶の分かれ目が悔・吝にある。
 
凶となる兆しが「吝」であり、
凶を吉に転ずる兆しが「悔」です。
吉凶悔吝は、人の心と行動の循環を表しています。
 
凶→悔→吉→吝→凶→悔→吉
 
「凶」~ 失敗して気づき、
「悔」~ 気づいて後悔し、過ちを改めれば吉になる。
 
「吉」~ 吉になると人はつい油断して、
 楽しみを貪るようになる。
「吝」~ 知らず知らずのうちに奢りが出て、
 注意信号が点滅してもナメてかかり、過ちを改めるのを惜しみ、
 ぐずぐずとしている内に悪い方向へ向かい、凶となる。
 
「凶」~ 凶になって初めて悔い改める、という巡りです。
 
吝嗇(りんしょく)は、
“ひどくケチでしみったれ”の意味ですが、
易経でいう「吝」とは過ちを改めることを
出し惜しんで、優柔不断に陥る意。
「悔」と同じように、失敗したと気づくが、
“このくらい、大したことじゃない”とナメてかかり、
改めることをケチり、事実を認めようとしません。
状況が「凶」に向かい、バッシングされても自分の非を認めず、
周りや他人のせいにします。
嘘をつき通してでも、逃れようとして、
ますます悪い方向へ進んでいきます。
人は事の重大さに、自らが恐れ震えなければ、
後悔をしないものです。
 
次は、この恐れ震える→
感受性が大切であることを、説明します。
 ~編集後記~
 易経は中国最古の書で、四書五経のトップであり、
 帝王学の書とされています。
 時の専門書であり、自分のおかれている立場など、
 出処進退に関する行動の指針となるべき法則やルールが
 シンプルに著されています。
 易経には、幾(き)という言葉が頻繁に出てきます。
 幾とは物事が起こる時の兆(きざ)しです。

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