体を宙に浮かせる術? (1983年名タイ寄稿)
我が家の食客となっていた仙人は、
仙人という言葉から想像するに、
痩身(そうしん)で白髪、ヒゲを伸ばして…、
という人物像が浮かんでくるはずだ。
しかし、私が幼かったから、その人が高齢に思えただけであって、
今、父たちと一緒にいるときの仙人が写っている写真を眺めると、
今の私よりも年齢的には遙かに若い。
ともあれ仙人から、わが父は「姿を消す術」を学んだ。
父は前にも書いたように、
当時は数人の従業員を使っていた経営者だった。
東京への出張も頻繁にあった。
その都度、父は、この仙人直伝の「姿を消す術」を駆使した。
父のために断言しておくが、姿を消す術を使ったけれど、
父はちゃんと規定のチケットを購入していた。
新幹線の切符を買い求め、
乗るときは改札を通ってハサミを入れてもらう。
しかし、出札する際には、仙人の術を使うのである。
車内での検札の際は、素直に受けるときもあったし、
術を使って検札を逃れることもしたらしい。
父は、この術を駆使したあかしとして、
必ず切符を家に持ち帰ってきた。
往復だから、一日出張に出掛けるたびに
2枚の切符がたまる。
別に収集していたわけではないだろうが、
この出札を通過した切符の束は、
軽く10センチは超えただろう。
本当に「山のような切符」が
父の書斎の机の上に置かれていた。
父が仙人から学んだ術は、これだけではない。
体を宙に浮かす術も
一瞬体験したというのである。
もちろん私は、それを聞いたときから
父がただ錯覚しただけだと思っている。
続く (2018年名タイ寄稿)
大好きな平野遼の水彩画『歩く人』
我が家の玄関にいてくれる~❤